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放射能から守ろう!子どもたちの未来

2012.04.27(12:51) 77

さて、現在次の講座のお申込み受け中です。またお申込みにならない方も当日受付いたしますので、お出かけください。

「放射能から守ろう!子どもたちの未来」

日時:5月10日(木)13:30~15:30
会場:立川市女性総合センター・アイム5階第3学習室
講師:澤井正子さん(特定非営利法人 原子力資料情報室)

チラシ

メールフォームからお名前・連絡先を添えてお申込み下さい。

保育は締め切りましたのでご了承ください。
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多摩の自由民権運動とは?報告

2012.04.16(10:48) 78

一日前の雨がすっかり上がり綺麗な青空の4月12日、町田自由民権資料館と民権の森へ行ってまいりました。

まず町田市野津田にある自由民権資料館へ。

資料館2

桜が満開

資料館3

ここは民権家・村野常右衛門が開いた「凌霜館」という文武道場の跡地で、ご子孫から寄贈を受けたものです。

閲覧室で、江井秀雄先生の講義を受けました。
江井先生は昨年の「五日市憲法」の講座にお越しいただいた方で、色川先生とともに五日市の深沢家から「五日市憲法草稿」を発見しました。

今回は当時の多摩の歴史的位置や思想的環境、人心の変化などについてお話しいただきました。
そしてそれに絡め、五日市憲法草案が千葉卓三郎の死によって一旦卓三郎の故郷、仙台へ送られたこと。
再び五日市へ返還されたこと。
しかし深沢家の土葬に眠ったまま、その後五日市内部でも顧みられた様子がないこと。
この理由等をこれから探求していく必要があるとおっしゃり、さらに、多摩の自由民権運動の中で「五日市憲法」はどう見られていたのか、民権家は「憲法」をどう位置付けていたのかを研究したいと述べておられました。

ご高齢になり、自由民権運動・五日市憲法について長らくご研究してきて、いまさらにこの探究心に驚き爪の垢でも見習いたいと思うご講義でした。


講義の後は資料館の見学です。

資料館説明

こちらを向いている方が資料館の学芸員さんで、詳しく展示を説明してくれました。
現在の多摩地域は東京都に移管されるまで神奈川県でした。
多摩は武蔵(現在の東京都分)と相模(神奈川)に分かれており、ここ町田市は2つの国をつなぐ架け橋ととして「武相地域」と言われることなどを教えていただきました。

江井先生

江井先生も展示を見学。


資料館を出た後は昼食ののち、民権の森へ。
薬師池公園の駐車場にバスを止めて、坂道を10分ほどで、町田ぼたん園へ着きます。
その裏山を含めた一帯が民権の森。
ぼたん園のわきの小道を進み、山へいくと武相の民権家・石阪昌孝の墓所があります。

民権の森2
民権の森

また、ぼたん園の中には「自由民権の碑」があります。

民権の碑

石阪昌孝の長女美那と結婚した北村透谷が美那と出会った場所と記されています。

民権の森遠景

民権の森遠景
民権の森遠景2











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